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岡山地方裁判所 昭和54年(行ウ)6号 判決

奈良市登美ケ丘2丁目1番29号

原告

岡崎八重野

右訴訟代理人弁護士

波多野二三彦

岡山市弓之町6番1号

被告

岡山県岡山地方振興局長

大崎昭夫

右訴訟代理人弁護士

片山邦宏

主文

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告が原告に対し、別紙第一目録記載(一)の土地について昭和54年5月11日付でした税額金13万1,070円、同目録記載(二)の土地について同日付でした税額金12万8,430円、同目録記載(三)の土地について同日付でした税額金12万8,430円の各不動産取得税の賦課処分(但し、いずれも昭和55年1月9日付の減額更正処分による一部取消後のもの)を取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文と同旨

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  岡崎論幸は、分筆前の岡山市平和町5番121の宅地(面積349.11m2、以下「本件相続土地」という。)を所有していたが、昭和53年10月5日に死亡し、原告を含む別紙第二目録中第一次所有者欄記載の4名(以下「原告ら相続人」という。)が相続した。そして、同人らは同年12月5日、本件相続土地について、亡論幸の妻である原告の相続分を9分の3、その余の相続人の相続分を9分の2とし、右割合に応じて分割する旨の協議(以下「第1回遺産分割協議」という。)をし、その後本件相続土地を別紙第一目録記載(一)ないし(四)の各土地(以下、「本件(一)ないし(四)の各土地」という。)に分筆して、同月14日その旨の登記を経由したうえ、同月18日本件(一)ないし(四)の各土地につき、相続を原因として同第二目録中第一次所有者欄記載の相続人名義に所有権移転登記(以下「本件各移転登記」という。)を経由した。

2  ところが、原告ら相続人は、第一回遺産分割協議のとおりに本件(一)ないし(四)の各土地を取得すると、原告の相続分が相続税法19条の2に定めるいわゆる配偶者控除額(4,000万円)にはるかに及ばず、同法による配偶者控除の利益を十分活用しえず、他の相続人らがいたずらに多額の相続税を負担しなければならなくなることが判明したので、原告において右配偶者控除の利益を受けるべく、本件相続土地に関する原告の相続分を配偶者控除額にできるだけ近づけることとし、昭和54年2月14日、第一回遺産分割協議に基づく本件(一)ないし(三)の各土地についての所有関係を別紙第二目録中第二次所有者欄及び持分欄記載のとおり、同目録中第一次所有者欄記載の所有者と原告との共有とする旨の協議(以下「第2回遺産分割協議」という。)をした。そして、同月19日、本件(一)ないし(三)の各土地についての本件各移転登記を、錯誤を原因として同目録中第二次所有者欄及び持分欄記載のとおり所有権更正登記を経由した(以下「本件各更正登記」という。)。

3  被告は、第二回遺産分割協議による原告の本件(一)ないし(三)の各土地に対する共有持分権の取得が地方税法73条の7第1号にいう「相続に因る不動産の取得」に当たらず新たな所有権取得であるとして、原告に対し、昭和54年5月11日付で、本件(一)の土地について税額金13万1,070円、本件(二)及び(三)の各土地についてそれぞれ税額金12万8,430円とする各不動産取得税の賦課処分(以下「本件各処分」という。)をした。

4  原告は、本件各処分を不服として、同年5月30日岡山県知事に対して行政不服審査法に基づく審査の申立てをしたところ、同年9月18日審査請求棄却の裁決がなされた。

なお、本件各処分後、岡山市の昭和54年度分固定資産課税台帳の登録価格が減額訂正されたことに基づき、被告は昭和55年1月9日付で、本件(一)の土地について税額金11万7,960円、本件(二)及び(三)の土地についてそれぞれ税額金11万5,590円とする各減額更正処分をした。

5  しかしながら、本件各処分は以下のとおり違法な処分である。

(一) 共有持分権の取得と地方税法73条の7第1号の適用について

原告ら相続人は第一回遺産分割協議に際し、亡論幸と原告間の長男である岡崎哲夫において本件相続土地の約2分の1を相続すべき旨の亡論幸の遺志(民法上適式な遺言ではない。)を基本に協議をしたが、右遺志のとおり遺産分割すると哲夫の負担すべき相続税が多額になるため、これを避けるべく暫定的な措置として法定相続分に応じた遺産分割をすることになり、結局、第一回遺産分割協議による本件各移転登記を経由した。しかしながら、右協議は、原告ら相続人において、原告について配偶者控除の利益を活用しうることを知らなかったため、この点を十分考慮したものではなかった。

その後、奈良税務署の係官から配偶者控除の利益の十分な活用方法を教示された原告ら相続人は、遺産分割協議をやり直し、前記のとおり第二回遺産分割協議によって原告に本件(一)ないし(三)の各土地の共有持分権を取得させ、本件各更正登記を経由した。

以上の事実によれば、原告の本件(一)ないし(三)の各土地に対する共有持分権の取得は、本件相続土地の遺産分割に基づくものであって、本件各更正登記はそれに対応する本件各移転登記と一体をなすところの単なる補正に過ぎないものと解釈すべきである。よって、原告の右共有持分権の取得は地方税法73条の7第1号にいう「相続に因る不動産の取得」に該当し、その不動産取得税を課することはできないというべきである。

(二) 不動産取得税の賦課と不均衡及び無秩序について

申告納税制度を採用している相続税及び贈与税においては、納税者の税制の仕組みに対する無知又は過誤に基づく申告の法的救済措置として数多くの国税庁通達が用意され、統一的な解釈基準の下に合理的かつ民主的な相続税及び贈与税の課税処分がされており、本件においても、奈良税務署長は、原告ら相続人の第一回遺産分割協議は錯誤ないし過誤に基づくものであってその真意に基づく遺産分割は第二回遺産分割協議によって確定したとの解釈の下に、原告ら相続人の第二回遺産分割協議に基づいた相続税確定申告を相当として認めている。

しかるに、地方税たる不動産取得税の徴税事務は、統一的な法解釈の下でされておらず各地方公共団体(都道府県)によって異なった解釈の下に区々であり、また課税減免措置を講じている地方公共団体では条例・通達を整備しているのに対し、これを講じていない地方公共団体では何らの条例・通達もないというような無秩序かつ無原則に賦課している。

本件のように相続税と自動的に接続する不動産取得税の課税においては、奈良税務署長の前記解釈と同様、原告ら相続人の意思を尊重した処分をすべきことが租税公平主義の見地より要請されていると解すべきである。

(三) 信義誠実の原則について

原告ら相続人は、第一回遺産分割協議に基づく本件(一)ないし(四)の各土地の所有権取得に対応する税務について奈良税務署の係官に相談したところ、同係官から、配偶者控除の利益を十分活用するためには、第二回遺産分割協議のような内容の遺産分割にやり直して相続による所有権移転登記について錯誤を原因とする更正登記を経由し、その上で相続税申告をすべき旨の通達に従った助言・指導を受けたので、これに基づき第二回遺産分割協議、本件各更正登記及び相続税申告をしたものである。

右のとおり奈良税務署の係官の正当な助言・指導を信頼してした第二回遺産分割協議による原告の本件(一)ないし(三)の各土地の共有持分権の取得を、地方税務行政庁たる被告が地方税法73条の7第1号にいう「相続に因る不動産の取得」に当たらないとして本件処分をしたことは、租税法全体を支配する信義誠実の原則に照らし違法というべきである。

6  よって、原告は本訴をもって、被告のした違法な本件各処分(但し、いずれも昭和55年1月9日付の減額更正処分による一部取消後のもの)の取消を求める。

二  請求原因に対する被告の認否及び反論

1  請求原因1ないし4の事実は認める。

2  同5及び6の主張は争う。本件各処分には以下のとおり何ら違法はない。

(一) 共有持分権の取得と地方税法73条の7第1号の適用について

原告ら相続人は第一回遺産分割協議は配偶者控除の利益の十分な活用を知らずにしたものである旨主張するが、遺産分割の内容自体については同人らの間に何らの錯誤も存しないのであるから、右協議は有効であって、同人らはこれに基づき、相続開始の時にさかのぼって本件(一)ないし(四)の各土地の所有権をそれぞれ取得したものである。

原告のいう第二回遺産分割協議は、すでに第一回遺産分割協議により原告を除くその余の相続人らが相続により取得した本件(一)ないし(三)の各土地について、各自原告との合意によりその帰属を変更しようとする新たな法律行為であって、民法上の遺産分割協議ではない。

したがって、原告の第二回遺産分割協議による本件(一)ないし(三)の各土地に対する共有持分権の取得は、地方税法73条の7第1号にいう「相続に因る不動産の取得」に該当しない。

(二) 不動産取得税の賦課と不均衡及び無秩序について

相続税はいわゆる財産税に属し、相続の開始により相続人の財産が増加することに着目して課される性質のものであるが、不動産取得税はいわゆる流通税に属し、不動産の取得という事実に着目して課されるものであって、その取得による利益に着目して課される性質のものではなく、両税はその性質を異にするから、その取扱いに差異があっても、本件各処分を違法ということはできない。

また、地方税法73条の31によれば、特別の事情により不動産取得税の減免を必要とするときは条例の定めるところによる、とされているのであるから、不動産取得税を賦課する地方公共団体が条例を定めていないことをもって、被告の本件各処分を無秩序かつ無原則な課税処分ということはできない。

よって、本件各処分は何ら租税公平主義に反するものではない。

(三) 信義誠実の原則について

原告ら相続人に対して原告主張のような助言・指導を行ったのは奈良税務署の係官であって、被告の職員は全く関係していない。また、相続税と不動産取得税とでその取扱いが異なっても違法でないことは前記のとおりであるから、信義則違反の成立の余地は全くない。

第三  証拠

一  原告

1  甲第1ないし第14号証

2  証人岡崎哲夫、調査嘱託(以下都道府県名省略―北海道、青森、岩手、宮城、秋田、山形、福島、栃木、群馬、千葉、東京、神奈川、新潟、富山、石川、福井、山梨、岐阜、静岡、愛知、三重、滋賀、京都、大阪、兵庫、奈良、和歌山、鳥取、島根、広島、山口、徳島、香川、愛媛、高知、福岡、佐賀、長崎、熊本、大分、宮崎、鹿児島及び沖縄各総務部長、但し東京については主税局長)

3  乙号各証の成立は認める。

二  被告

1  乙第1号証、第2号証の1、2、第3号証の1ないし4、第4及び第5号証

2  甲号各証の成立(第13、第14号証は原本の存在と成立)は認める。

理由

一  請求原因1ないし4の事実は当事者間に争いがない。

二  そこで、本件各処分の違法性の有無について判断する。

1  共有持分権の取得と地方税法73条の7第1号の適用について

当事者間に争いのない請求原因1及び2の事実と、成立に争いのない甲第1、第2、第5、第12号証及び乙第5号証、証人岡崎哲夫の証言に弁論の全趣旨を総合すると、請求原因5(一)(1)及び(2)の事実を認めることができ、右認定に反する証拠はない。

ところで、原告は右事実をもって、第一回遺産分割協議は錯誤により無効であって、第二回遺産分割協議による原告の共有持分権の取得こそ「相続に因る不動産の取得」であると主張する趣旨と解されるけれども、第一回遺産分割協議において、原告ら相続人が、そのうちの一人である岡崎哲夫の相続税の負担を軽減する方法のみにとらわれ、原告の活用しうる配偶者控除の利益について十分な知識を有しなかったため、この点に十分な考慮を払わなかったとしても、この事実のみをもって、第一回遺産分割協議が錯誤により無効であるということはとうていできず、他に同協議を無効とすべき事実についての主張立証は存しない。

したがって、原告の「相続に因る不動産の取得」は有効な第一回遺産分割協議による本件(四)の土地の所有権取得のみであって、原告主張の第二回遺産分割協議による本件(一)ないし(三)の各土地の共有持分権の取得は相続とは別個独立の新たな法律行為(贈与)に基づくものと解される。この点に関し、原告の共有持分権の取得について、登記簿上錯誤を原因とする本件各移転登記の更正登記の形式がとられている事実(この点は当事者間に争いはない。)が存するけれども、不動産(共有持分権)の取得の有無は登記面によってではなく、真実の法律関係に従って判断されるべきものであるから、右登記簿上の形式をもって前記判断を左右することはできない。

そして、不動産取得税が、いわゆる流通税の性格を有し、不動産の移転の事実自体に着目して課されるものであることに鑑みると、原告の前示共有持分権の取得をもって相続によらない別個独立の新たな所有権取得である、として課した点において本件各処分に違法があるとすることはできない。

2  不動産取得税の賦課と不均衡及び無秩序について

前掲甲第12号証、成立に争いのない同第6号証及び証人岡崎哲夫の証言によると、奈良税務署の署長は原告ら相続人の第二回遺産分割協議に基づく相続税確定申告を相当として受理したことが認められ、この点では、被告のした本件各処分と比較してその課税取扱いに差異があることは否定しえない。

しかしながら、相続税は国税であって、いわゆる財産税の性格を有し、相続の開始により財産が移転する機会にその財産に対して課されるものであるのに反し、不動産取得税は地方税であって、いわゆる流通税の性格を有するものであるから、両税はその課税主体、性格及び課税対象を異にすることが明らかである。

したがって、両税の課税取扱いを同一にするべきことは、本来、租税公平主義の要請するところではないものというべきである。

また、原告は不動産取得税の賦課が無秩序にされている旨主張するところ、その趣旨は必ずしも明確とはいいがたいが、本件と同様の事案において、被告がかつて非課税取扱いをしたことがあるのであればともかく、そのような事実について主張立証の存しない本件においては、租税公平主義を問題とすべき余地はないものというべきである。

よって、その余の点について判断するまでもなく、この点に関する原告の主張は理由がないことに帰する。

3  信義則違反について

【B】租税法の分野において、信義則の理論を適用すべき場合のありうることはこれを否定すべくもないけれども、原告の主張によっても、その主張にかかる相続税の税務相談につき助言・指導をしたのは奈良税務署の係官であって、被告職員が不動産取得税の税務に関し助言・指導をしたことはないというのであるから、助言・指導をした税務行政庁と本件各処分をした税務行政庁たる被告が当事者を異にすることは明らかである。したがって、その余の点について判断するまでもなく、本件は信義則を適用する余地がなく、この点に関する原告の主張は理由がない。

三  結論

以上の次第で、被告のした本件各処分に違法な点はなく、原告の本訴請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行訴法7条、民訴法89条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 白石嘉孝 裁判官 岡久幸治 裁判官 黒岩巳敏)

第一目録

(一) 岡山市平和町5番121 宅地 77.57m2

(二) 同所 5番130    宅地 77.57m2

(三) 同所 5番131    宅地 77.57m2

(四) 同所 5番129    宅地 116.38m2

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